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広島地方裁判所 昭和55年(ワ)1534号 判決 1983年9月29日

原告

陣内道夫

右訴訟代理人

河村康男

古田隆規

被告

広島県

右代表者広島県知事

竹下虎之助

右指定代理人

三上勇

外四名

被告

広島市

右代表者広島市長

荒木武

右指定代理人

山根光夫

外一名

被告両名訴訟代理人

宗政美三

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一1  請求原因1(二)及び同3(一)(消火器放射及び放水の方法の点を除く)の事実は、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実によると、地方公務員たる広島県警察の警察官及び広島市の消防吏員によつて、消火器の放射及び放水による消火活動が行われたことが認められる。

そして、右各消火活動は、警察官については、警察法二条一項、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)四条一項に基づく人の生命、身体及び財産に対する危害防止のための措置とみられ、また、消防吏員については、消防法一条、消防組織法一条・一四条の二等に基づく人の生命、身体及び財産に対する火災による災害防除措置とみられ、それら各行為はいずれも、その性質上国家賠償法一条にいわゆる「公権力の行使」に当たるものということができる。

3  なお、国家賠償法一条は民法七〇九条、七一五条の特別法という関係にあり、右「公権力の行使」に当たる職務行為が問題とされる場合には、民法七〇九条、七一五条の適用はないと解される。

二そこで、まず、被告らにつき国家賠償法一条に定める「故意又は過失」の有無等その責任の存否につき以下検討してみる。

1  (原告らの馬の輸送と本件現場の状況)

<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る。>

(一)  原告は、佐賀県で家畜商を営み、競走馬の仲買い等に従事している者であるが、昭和五四年一一月三〇日ごろ岩手県水沢市に赴き、同所で、牧畜業訴外只野から同訴外人ら所有の本件競走馬七頭を含む競走馬九頭を代金一、三二五万円で購入し、同年一二月二日ごろいつたん佐賀に帰つた。

(二)  その後同月五日、原告は、右買受競走馬を引き取るため妻純子運転の四トン車(本件車両、普通貨物自動車、最大積載量3.25トン、長さ七メートル、荷台の長さ4.62メートル、巾2.48メートル、高さ3.18メートル、荷台のみの高さ1.85メートル)と従兄弟の訴外原田運転の二トン車で佐賀を出発し、同月七日午前一〇時ごろ水沢競馬場に到着し、同所で、右九頭のうち二頭を二トン車に、残りの本件七頭を本件車両である四トン車に積み込み、同七日午後二時か三時頃右競馬場を出発して、原告の住居地である佐賀県に向かつた。

(三)  右二トン車には、馬を全部進行方向に頭を向けたいわゆる縦積みにしたが、本件車両には、本件七頭全部を横積みにし、ただ重量の関係等で運転台から前四頭は進行方向に向かい頭を左向(もつとも内一頭はあるいは頭を右向)きにし、その後三頭は頭を右向きにし、そして、急停車したりした場合に足を滑らすことがないように荷台の床に畳を敷き、また馬の「くつわ」を車の枠にくくりつけ、さらに馬と馬との間にはその境として綱(ロープ)を張り、また一部畳を置いた状態で、馬を積載していた。

(四)  本件車両は、幌付きの普通貨物自家用車で、その概要は、別紙図面のとおりであるが、荷台の左右側面は鉄板及び木の板によつて高さ1.15メートルまで囲われており、その上部には鉄製の横柵が設けられ、これに幌がかぶされており、その幌の横幕を降ろすと積載された馬は見えなくなるようになつていた。荷台後部は、馬の積み降ろしができるようあゆみ板が高さ一杯に取り付けられており、後部からは馬の姿を認めることができない状態であつた。

(五)  本件車両は、原告の妻陣内純子が運転し、原告はこれに同乗し、右二トン車とともに、水沢市から東北自動車道、首都高速道、東名高速道、名神高速道を通つて神戸市にはいり、ここで右二トン車と別れ、阪神高速道、第二神名道、加古川バイパスを経て国道二号線を通つて広島市にはいつた。そして、一二月九日午前二時ないし午前二時三〇分ごろ、広島市中区西平塚町一番二号篠崎ビル前路上(以下「本件現場」という。)に駐車した。右の間、運転は専ら妻純子で、原告は運転免許を有せず、また酒を飲むので運転せず、馬の飼養管理に当たり、途中ドライブインやガソリンスタンドで車を止めて原告らの食事や給油をするほか、馬に水や餌をやり、妻はその際寝るなどの状況で運転を継続した。

(六)  本件現場は、国鉄広島駅から西南方向へ約一キロメートルの地点で、広島市の中心部にも近いところであり、東広島橋の西端から約三〇メートル北へ寄つた京橋川沿いの道路上である。右道路は南北に走つており、その幅員は約9.7メートルで、道路西端には建物に沿つて幅約1.35メートルの路側帯が設けられており、道路東側には京橋川沿いに高さ約五〇センチメートルの鉄製の柵(ガードレール)が設置されている。

道路西側は、東広島橋寄りの角から、六階建鉄筋造りの店舗兼住宅(米田ビル)、その北隣りに順次、二階建モルタル造りの「歯科医院」、同「足立商会」、三階建鉄筋造り(篠崎ビル)の「結婚式場案内所」、「東洋精機工業株式会社」、二階建モルタル造りの「森田たばこ店」の各店舗等建物が密集して立ち並んでおり、本件現場付近は広島市内の比較的繁華な街並みの一角をなしている。右米田ビル前道路西側及び本件車両から北へ11.2メートルの道路東側の地点にそれぞれ水銀灯が一つある。

(七)  原告らは、本件車両を、右篠崎ビル前路上にその前部を南へ向け、道路左(東)側にガードレールに沿つてほぼ平行に駐車させ、本件車両に施錠して、同じ町内の本件現場近くのアパートに住む娘京子宅で休息をとるため、同所に赴き、風呂に入りビールを飲んだりして間もなく眠り込んだ。

2  (馬の騒動と一一〇番通報)

<証拠>によれば次の事実が認められ<る。>

(一)  訴外堀向利枝は、本件車両のすぐ西向かいにある足立商会二階のアパートに居住しているが、昭和五四年一二月九日午前二時過ぎごろ就寝したところ、余り時間が経たないうちにドラム缶を積み降ろしするようなガタンガタンという大きな物音が聞こえて来て目が覚め、階下に降りて外を見たところ、本件車両が駐車しており、その荷台から右の音が出ていることがわかり、音がする度に荷台が揺れていた。その後も右の音は続き、同人は熟睡できぬままに時間が過ぎ、午前四時過ぎごろガタンガタンと一段と高くなつたひどい音に再び目を覚ました。また、本件車両の西向かいにある篠崎ビル三階に居住している訴外塩田ほか二名の女性らも、本件車両が本件現場に到着して間もないころ、右三階の窓から本件車両がガタガタして大きな音をたてているのを現認している。

(二)  訴外足立和則は、右足立商会一階に居住している者であるが、同日午前四時三〇分ごろ、釣に行くため起きていたところ、本件車両の荷台で馬が暴れ、大きな音をたてていることに気づいた。また、訴外津川靖好も、右足立商会二階に居住しているが、同じころ、本件車両からドンドンとやかましい程大きな音がするのを聞いた。

(三)  訴外柏原恵美子は、本件車両の斜め西向かいにある森田たばこ店の裏(本件現場から四〇メートル程度離れた位置にある。)に居住していたが、同日午前四時三〇分ごろカタンカタンという大きな音で目が覚め、その音は止むことなく、余りにもうるさいので蒲団を頭からかぶつて寝ようとしたが、それでも音が大きくて眠れず、午前六時ごろ起き外に出て見たら、本件現場にある本件車両の幌の隙間から白煙が出ており、車から火が出たものと思つた。

(四)  訴外森田ミヤコは、本件車両の斜め西向かいにある森田たばこ店に居住していたが、同日午前五時ごろ、ガタンガタンという何かを蹴るような大きな音で目が覚め、その音がいつまでも続くため、窓から本件現場を見たところ、荷台に馬四、五頭が見え、本件車両の前側のシートカバーや屋根から白い煙が立ち昇り、いまにも倒れるかと思える程本件車両が左右にひどく揺れており、荷台に馬が見えたことから、車が燃え馬が必死に暴れているものと思い、午前五時二六分に一一〇番へ馬を載せたトラックが燃え出した旨通報した。

(五)  訴外小柳直治は、本件現場から一五メートルぐらい離れた場所に居住して飲食店を営んでいた者であるが、同日午前五時ごろ、通行人からトラックから白煙があがりボンボン音がしているので爆発しないだろうかと言われ、本件現場へ行つたところ、本件車両の左側(川寄り)荷台シートから白煙がモクモクと昇り、ポンポン音がして荷台が揺れており、馬の顔が五頭見えたので、自宅に戻つて一一〇番へ馬が暴れて自動車から煙が出ている旨通報した。

(六)  訴外徳本マサヨは、本件現場近くの道路沿いの建物一階に居住していたが、同日午前五時過ぎごろ、ガタンガタンという大きな音で目を覚まし、本件現場を見たところ、本件車両からカチッカチッという電気の火花のような音が聞こえ、本件車両の幌の前後からモウモウと白い煙が出て、車両が横にひどく揺れている状態であつたので、一一〇番へ車から煙が出ているのですぐ来て欲しい旨を通報した。

(七)  訴外栗栖孝士は、タクシー営業に従事している者であるが、同日午前五時二〇分ごろ本件現場から三、四〇メートルの東広島橋西詰を通りがかつた際、本件現場の本件車両から白つぽい煙が車全体を包むようにして上がつており、車が揺れているのを発見し、近寄つて見たところ、荷台から白つぽい煙がもくもくと出ており、馬四頭ぐらいの姿が見え、バカーン、ドタバタという大きな音を立ててかなり暴れており、うち一頭は幌の間から顔を出したりしており、爆発するのではと恐しさを感じて、急ぎ一一〇番へ馬を載せたトラックが火事である旨通報した。

3  (一一〇番通報を受けた広島県警察本部及び広島市消防局の対応)

<証拠>を総合すると次の事実が認められ<る。>

(一)  最初の前記2(四)の一一〇番通報を受けた広島県警察本部防犯警ら部通信指令課勤務の司法警察員原田信昭は、同日午前五時二六分、右通報を受信すると直ちに広島市消防局に対し右通報内容を連絡するとともに、右通信指令課で指令業務に従事中の司法警察員津島和雄に伝達し、同人から直ちに広島東警察署並びにいわゆるパトカーである警ら用無線自動車東三号、同広島一〇四号、同広島一〇七号、同広島五〇五号及び同広島五〇七号等(以下これら自動車を、それぞれ「東三号」、「広島一〇四号」などという。)に、トラックが燃えているので現場へ急行するよう指令した。

(二)  右指令を受けて、警察官の同乗する広島五〇五号、東三号、広島一〇四号、広島五〇七号及び広島一〇七号が、同日午前五時二八分ごろから五時三一分ごろにかけて順次本件現場に到着した。

(三)(1)  広島県警察本部の通信指令課から前記車両火災の通報を受けた広島市消防局警防部通信指令課勤務の消防士長竹本尉二は、同日午前五時二七分、車両火災第一出動の指令を出した。

(2)  右指令を受けて、同日午前五時二八分、広島市中消防署第一警防係長(消防司令補)河内幸三、大手第一分隊長(消防士長)藤原健悟ほか同隊員ら消防士四名から成る、以上六名の消防吏員らの同乗する広島市中消防署大手第一分隊タンク車が出動し、午前五時三二分、本件現場に到着した。

4  (右警察官ら到着時の本件車両の状況とその消火活動等)

<証拠>を総合すると次の事実が認められ<る。>

(一)(1)  前認定のとおり、広島五〇五号は、同日午前五時二八分ごろ本件現場に到着したが、同車に搭乗していた警察官東照美及び同青木誠二は、本件車両から白煙がもうもうと立ち昇るのを認め、本件車両に近づいて運転席のドアーをたたいてみたが、応答はなく、錠がかかつており、運転手その他の関係者は乗車していなかつた。

(2)  本件車両の荷台内では馬がドタン・バタンと音を立てて大暴れしており、幌と囲い板との間が二〇センチメートル程度あいており、そこから馬が五頭いることが確認でき、そのうち荷台の前付近の一頭は天井の一部破れた幌から頭を突き出し苦しんでいた。そして、幌の天井部分から白煙が高さ二メートルぐらいもうもうと立ち昇つており、あたかも荷台下部に火災が発生しており、そのため馬が苦しんでいるように見える状況であり、本件車両の周辺には二〇数名の野次馬が車両を取り囲むように集まつていて、「早く火を消せ」「爆発するぞ」などと大声で騒いでいた。

(3)  右東らは、本件車両に火災が発生していると判断し、消防車が到着していないのでその出動を要請するとともに、右群集を静止しながら、消火活動に支障がないよう本件車両周辺の道路上に立入り禁止のロープを張つた。

(二)(1)  東三号は、午前五時二八分ごろ、本件現場に到着したが、同車に搭乗していた警察官蔵本五郎及び同井川弘は、本件車両の幌の上部全体から白煙が約二メートル立ち昇つており、荷台から異常な物音がしているのを認めた。

(2)  右蔵本らは、前記通信指令室の指示を受けて幌と車体の枠の間から馬の頭数を確認したところ、西側(道路側)に頭部を向けた五頭の馬が一部荷台の枠につながれているのを確認した。これらの馬は、いずれも鼻息を荒々しくし、足をばたつかせ、車体の囲い板を蹴つたりしており、車体が大きく左右に揺れ、いかにも火事の煙で馬が苦しみ暴れている様相であつた。特に一番前の馬が荷台の枠に鼻を押しつけるようにして苦しんでおり、白煙も荷台前部からが一番多く出ていた。

(3)  右蔵本らは荷台内部を確認するため、東側(京橋川側)に回り、助手席後ろの幌の間から内部をのぞいたが、暗く粉塵がたちこめているようで視界が悪く、何か黒い大きな物があるようにみえるだけであつた。再び火源確認のため内部を見ようとしたが、本件車両の横揺れが激しく、確認できなかつた。

(4)  右蔵本は、本件現場付近には道路を隔てて民家や商店があり、火災が大きくなつて被害がこれらに及ばないうちに消火しようと判断し、現場到着数分後(午前五時三一、二分ごろ)、東三号に積載していたABC粉末消火器(噴射時間九秒、容量1.5キログラム入り)を取り出して、荷台東側前部(助手席後部)の車体の枠の間から荷台下方に向けて数秒間噴射したが、このとき、後記のとおり他の警察官も噴射していた。

(三)(1)  広島一〇四号は、午前五時二九分ごろ本件現場に到着した。本件現場は、水銀灯や建物のネオンの光がさしていたものの、薄暗い状態であり、本件車両付近には群集が立つており、大声でわめくように騒いでいた。

(2)  同車に搭乗していた警察官新本博及び同松木教章は、本件車両の荷台から白い煙様のものが激しく吹き出しており、時折馬が荷台で激しく暴れてダンダンと大きな音を立て、車両が左右に揺れているのを現認した。

(3)  右新本らは、その後現場付近の交通整理及び野次馬の整理に当つた。

(四)(1)  次いで、ほぼ同時刻ごろ広島五〇七号が本件現場に到着したが、同乗警察官三上豊文、同大霜正らは、本件車両の幌から上方約二メートルぐらいにわたり白煙がもうもうと出ており、幌全体が白い煙で包まれた状態であり、車両西側(道路側)に頭部を向けた約五頭の馬が歯をむき出しており、車両が倒れるのではないかと思うほど左右に揺れ動いているのを認め、また、本件車両の荷台内では、馬がドンドンガンガンと車体を蹴りつけて狂つたように大暴れし、幌の上部の破れた穴から運転台の近くの一頭の馬が首を出して苦しんでいるのを認めた。

(2)  そこで、右警察官らは、運転席を確認したところ施錠されており、運転者はおらず、付近の者に尋ねてみたが、該当者は居なかつた、そしてさらに、右警察官らは、本件車両の左側後部タイヤに足をかけてよじ昇り、車体と幌の隙間から強力ライトを照らして荷台の中を確認したが、白煙のため荷台は全く見通しがきかない状態であり、また運転席横の梯子を二、三段上がり右ライトで荷台を見ようとしたが、馬が暴れており、車の横揺れがひどいので梯子から降りた。

(3)  結局、右警察官らは、火源を確認することができなかつたが、車両の電気のショートによる火災あるいは酔払いがタバコの吸がらを投げ入れたことによるものではないかと思い、同日午前五時三一、二分ごろ、運転車両に積載していたABC粉末消火器(噴射時間九秒・容量1.5キログラム入り)を取り出して、本件車両の左側(京橋川側)後輪とガードレールに足をかけ、車体と幌の隙間から、右消火器のノズルを左手に持ち、右手で消火器のレバーを握つて数秒間、馬の尻の方から馬の足下に向けて噴射した。

(五)(1)  広島一〇七号は、午前五時三一分ごろ本件現場に到着し、既に先着した他のパトカーが前記消火活動等を実施していたが、右搭乗の警察官らは、本件車両の荷台の幌の間から、特に荷台前部からなお勢いよく白い煙が立ち昇つており、幌の間から馬が一頭西側に頭を出して盛んに暴れており、それ以外にも何頭かの馬が暴れ、本件車両は激しく左右に揺れているのを認めた。

(2)  右搭乗の警察官らは、東広島橋西詰北側で交通整理を行つた。

(六)(1)  前記大手第一分隊タンク車は、午前五時三二分本件現場に到着し、本件車両の西側(篠崎ビル側)路上に本件車両とは逆方向の北を向いて、ほぼ平行に停車した。

(2)  本件現場に到着した際本件車両の荷台前側上方から白煙が立ち昇り、荷台内の馬五頭が暴れており、荷台内部を激しく蹴つているのが確認された。

(3)  右タンク車搭乗の第一警防係長(消防司令補)河内は、まず本件車両の運転台に近づき、運転席が施錠されていて、運転者がおらず、運転台内部に火源も見えないことを確認した後、次いで荷台右側前部から後部に確認しながら移動したが、頭を西側(右側)に向けて立つている馬五頭がドンドン・ガンガンと大きな音を立てて暴れ、車両が左右に激しく揺れ動き、白煙が立ち昇つているのを認め、そしてさらに、荷台後部を回つて荷台左側前部に至つたが、途中、警察官が後部左車輪付近で消火器を放射しているのを認め、右河内としても、右諸事情から一応車両火災を予想し、前記第一分隊長藤原に対して、本件車両左側に一線(ホース二本)の延長を命じた。

(4)  次いで、右河内は、助手席側に取り付けられていた梯子を利用して運転台の屋根にあがろうとしたが、馬が暴れ車両の揺れが激しいためこれを断念し、二、三段登つたところで強力ライトを照らして荷台内部をのぞいたが、荷台内部は馬が激しく暴れており、白煙が立ち込め、異臭(生臭い匂い)が漂い、荷台内部の火源確認はできない状況であつた。

(5)  右河内は、荷台内部に進入することも不可能であり、まず煙を逃がすのが先決と考え、前記ホース延長の指示により、ホースを延長してきた右隊員桝岡に、馬に刺激を与えないよう馬の頭部を避け、かつ、なるべく水損を与えることのないよう、荷台の左側の幌と車体枠の間から噴霧(霧状)で注水するよう命じた。

(6)  これらの間、右藤原は、本件車両右側の梯子を利用して運転席屋根上にあがつて内部の様子を見ようとしたが、馬が激しく暴れ車体の揺れがひどいので屋根にあがることはもちろん、梯子から片手を離して中を見ることも困難な状態であり、両手で梯子の横さんを持ち、荷台内部をのぞきこむと、白い煙の中に馬の異様な匂いがし、馬が背中を寄せ合つているのが見える程度であつた。

(7)  前記噴霧注水命令を受けた隊員桝岡は、右タンク車のホース二本を延ばして、本件車両の左側(京橋川側)に回りこみ、放水体勢をとり、同人の後ろに、補助者として前記隊員前土井及び同中野がつき、そして、河内司令補の放水指示により、隊員桝岡は、中程度のポンプ圧力(一平方センチメートル当たり三キログラム)で午前五時三三分放水を開始し、二分間、本件車両東側ガードレール近くの京橋川河岸緑地の中から筒先を上に向け、車両中央部に向つてほぼ直角に、幌と車体の間に噴霧で放水した。その際の使用水量は二一〇リットルであるが、荷台内の放水量は実験測定値上一〇五リットル程度であつた。

(8)  右放水により白煙が薄くなり、馬も幾分おとなしくなつたため、河内司令補は午前五時三五分放水を中止させ、運転台の屋根にあがり、幌中央部の裂けてめくれた隙間から荷台内部をのぞいたところ、馬が二頭床上に横になつて倒れており、また、馬が一頭荷台前部に尻を向けて断続的に蹴つたり踏んだりしているのを認めた。そこで右河内は、午前五時三七分、消防局通信指令係に「火災鎮火」を報告した。

(9)  ところが、少しして再び白煙が昇り出し、馬も暴れ始め、車両も揺れ、丁度車両内部を見ていた者が「火花が見える」などと言いだしたりしたため、隊員前土井が運転台の屋根に上がり幌の破れた間から荷台の中を見たが、白煙のため中の様子はよくわからず、そこで、右前土井において、残火があつて再燃でもと懸念し、隊員桝岡からホース筒先を受け取り、同人及び隊員中野らの協力を得て運転台の屋根上から幌の破れた隙間を通して午前五時三九分から四一分まで約二分間噴霧(前同ポンプ圧力)で第二回目の放水をした。放水量は約九二リットルであつた。放水により白煙も衰え、馬の騒動も次第におさまつた。

(七)  この間依然本件車両関係者の所在は不明であり、午前五時三七分に広島五〇五号から広島東警察署に本件車両に記載されていた関係者の電話番号に電話をするよう連絡して、電話をしてみたが応答がなく、さらに五時四八分、河内司令補は無線で消防局へ右電話番号を連絡し、そしてまた、右河内や前記藤原らは、付近の旅館等に関係者が宿泊していないかどうかの調査を行つた。

(八)  そうこうしているうち、漸くに帰るべく娘宅を出た原告が午前五時五六分ごろに本件現場に現れた。原告は現場の状況を観て驚き、なお暴れている馬をなだめたり、本件車両のバッテリーの配線一本を切断したりしたが、その後、これは火事ではない、と言い出し、馬をその場に降ろそうとしかけたので、警察官が周囲の状況から危険を感じてこれを制止し、警察、消防、原告ら三者が話し合つて、午前七時一〇分ごろ、レッカー車で本件車両を広島市中央卸売市場食肉市場へ運んだ。同所で、これを見分したが火災及び漏電の痕跡は認められず、白煙は馬体の湯気や馬の鼻息であることが判明した。

5  (馬の死亡とその原因等)

前記各認定事実のほか、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る。>

(一)  前記認定のとおり、警察官らが本件現場に到着した際には外部からはすでに馬五頭しか確認できない状況であり、その五頭も、右到着間もないころ、本件車両後方から三番目までの馬(以下本件積載された馬につき荷台後方から順次一ないし七番の馬という)は、「くつわ」を鉄枠につながれたまま頭部を西方(右側)に向け、三頭寄りそうようにして並んでいる状況であつたが、その前方四番、五番の馬は、つながれた綱が切れたか緩んで解けたりして頭部を右側や前方に向け、はつきりした位置、状態でなく暴れていたものとみられる。そして、その後第一回目の放水後白煙が一応薄くなつたりした際の午前五時三五、六分以降の本件現場での車両内の馬の状況は、一番の馬はあまり興奮してなく、二、三番の馬はなお興奮しており、四番の馬は極度に興奮して頭部を北側(後方)に向けて五番の馬の腹部付近を激しく蹴つたりしており(もつとも、五番から七番までの馬の位置は、当初積載された馬の順番どおりかどうかは必ずしも明確でないが、一応の推測により順番を示す。以下同じ。)、五番の馬は頭部を西側(右方)に向けて興奮し、四番の馬に蹴られて口から血を流しており、六番の馬は頭を鉄枠に縛られ、腰を落とし、あるいは横倒しになつて瀕死の状態にあり、七番の馬は横になつており、次いでその後、レッカー車で前記食肉市場到着時の見分状況によると、一番、二番の馬は外観上無傷であり、三番の馬は足にすり傷はあるが歩行等に支障のない状態であり、四番の馬は後左足に負傷しており、五番の馬は馬体右側を下にして倒れ、辛じて歩行可能な状況にあり(その後の病畜検査、解剖所見等によると、鼻出血、呼吸速迫、全身打撲、右前腹裂創、右側大腿部、腹部全体の強度の皮下出血、筋肉出血、肝臓胞膜剥離・胞膜下出血等による内臓出血が認められる)、六番の馬は、頭部等を蹄で相当踏まれたりした状況で、すでに死亡しており、七番の馬はすでに死亡していた。

(二)  そこで、原告及び右食肉市場での立会警察官らは、同所で一番から四番までの馬を降車させ、五番の馬については、広島市食肉衛生検査所の専門医(第一検査係長)前川政則らの意見を聞いた上、右市場内で緊急屠殺し、そして既に死亡していた六、七番の馬については、へい獣処理の関係で、右市場内では処理(焼却)に支障があるなどで、原告が昭和五四年一二月一〇日ごろ長崎県諫早市長崎油飼工業株式会社においてへい獣処理し、さらに、前記一応健在だつた一番から四番までの馬四頭は、原告が持ち帰つたが、内一頭(ベビーワンダー)を除くその余の三頭は、競走馬としては役に立たないということで、二頭は昭和五四年一二月二〇日熊本市食肉センターで、また、一頭は同年一二月二八日福岡県久留米市と畜場でそれぞれ屠殺した。

(三)  ところで、原告は競走馬の長距離輸送方法として、今までにも本件のような方法をとつていたようであるが、しかし、日本中央競馬会がその競走馬の輸送を専属で行つている業者に指示している輸送基準によると、(1)車両は箱車(馬専門の輸送車で、馬を入れる箱を四つの馬室に区分し、その境界には馬が当つてもけがをしないように畳で区分けする、馬は必ず頭を前方にして入れる)とする、(2)輸送車一台につき四頭積載を原則とする、(3)癖馬、牡馬、牝馬等の区分をする。(4)できるだけ高速道路を通行する、ものとされており、そして、競走馬の輸送に専従する業者の常識としては、本件程度の車両で馬を輸送する場合は四頭が限度とされ、また、馬の横積みは厳禁であり、非常識である、とされており、そしてさらに、右業者、畜産専門家らによると、結局、特に馬の長距離輸送の場合、その間の車の振動、急停止等による影響(走行中馬は四肢で突つ張るように起立したままでいるため、速度の緩急、変化、カーブの遠心力、上下の衝撃等に堪えうる馬の起ち方は進行方向に向つて立つことで、横向きは不自然であり、より以上の神経と筋力を浪費する)をできるだけ少なくし、かつ、馬と馬との間に余裕をもたせて、その接触を避けるようにすることが重要である、とされている。

(四)  そこで次に、本件馬六頭が、結局死亡するに至つた原因についてみるに、前記認定のとおり、原告らが本件車両を本件現場に駐車させて間もない午前二時半過ぎごろから本件車両内の馬の騒動が始まつたものとみられるところ、原告らは岩手県水沢市から広島市まで約一三五〇キロメートルもの間を三六時間(丸一日半)、途中ドライブインやガソリンスタンドで多少の休息をとる程度で走行したものであり(休息なしの連続走行としても、時速三八キロメートルの計算になる)、しかも、本件馬の輸送方法は前認定の状況であつたもので、本件現場に到着したころには、特に本件車両荷台前方の馬は、車の振動とそれに伴う馬の動揺等による影響を強く受け、かなり疲労した状態にあつたものとみられ、本件現場に到着した際、疲れ切つた馬は早く車から降ろしてもらいたい期待をもち、それが果たされぬままに、やがて前記暴れ出すきつかけとなつたものともみられ、あるいは、馬によく発生し、なかんずく輸送という特殊な環境においては平常より発生が多いとされる疝痛(腹痛)の発生した馬がいて、走行中は努力して起立していたが(腹が痛くても余程激しくない限りは横臥、反転はしない、とされる)、停車することにより、痛みを訴えて、前がきや、横臥、反転等の騒動を始めるに至つたものとみられなくもなく、このことは、長途輸送に原因してよくみられる輸送性蹄葉炎(四肢の蹄に充血が起きて痛みを訴え、起立、歩行が困難となる)の発生した馬がいて、その馬の苦悶によるものとも考えられる。このような馬の騒動は、次第に激しいものとなり、馬が荷台の囲い板を蹴つたり、狭い荷台内で馬と馬がせり合つて他の馬を蹴つたり、横転した馬を踏みつけたりなどとして、断続的に、警察官らが到着した午前五時二八分ごろまでの間、約三時間近くも続いたものとみられる。これらの馬の騒動のうち、なかんずく四番の馬が激しく暴れ、これらにより、警察官らが到着して消火活動に着手する前には、既に、最前方の七番の馬はあるいは死亡もしくは瀕死の状態にあり、その次の六番の馬も腰を落として瀕死の状態にあり、さらにその後方の五番の馬も、右四番の馬に激しく蹴られて多大の打撲、裂創を受け、苦悶しながらやつと起つている状況であつたものと推知されなくもない。

(五)  そしてその後の警察官らの消火活動等の影響をみるに、まず消火器については、二か所で噴射されたが、いずれも容量1.5キログラムの小型粉末消火器であり、その粉末消火剤自体は人畜無害であり、また、真実火災でないとしたら、鼻、口、辺に粉末が飛散するほか、噴射によつて人畜に直接的に有害な結果を生ぜしめるものでもない上、一か所での噴射は、本件車両助手席(左側)後部から荷台下方に向けて行なわれたもので、その付近の馬は、右噴射前既に横たわつたりしていて外部からは現認できない状態にあつたものであり、火源とみられる場所に近く、かつ、現認できる馬の頭部を避けるなど馬に対する直接的影響をできるだけ避けた方法をとられ、また、他の一か所での噴射は、本件車両左側後輪付近の荷台内の馬の尻の方から馬の足下に向けて噴射したものであつて、右現認できなかつた馬に対するほかは、いずれも右噴射により馬に与えた直接的影響はほとんどなかつたものとみられる。次に放水の点であるが、第一、二回ともいずれも各二分間程度、噴霧(霧状の水が扇状に噴き出される)で放水されたもので、荷台内に入つた放水量も合計約二〇〇リットル程度であり、そのうえ、競走馬は撒水して体を洗うことに馴れているともされ、馬が放水によつて直接的に有害な影響を受けたとはみられない。

ただしかし、前記消火器の噴射及び放水によつて、馬を驚ろかせ、荷台内を一層騒乱状態として、馬が互に傷つけ合つたのではという点が考えられる。たしかに、馬は神経質な面があり、物おじし易い動物であつて、平静なときに、突然消火剤や水をかけたら馬は驚き暴れるのが当然ともいえよう。しかし、既に騒乱状態にあるときに右のようなことをすると、あるいは火に油を注いだように騒ぎが大きくなるという見方もあるが、これよりも、却つて沈静化に向かうという可能性の方がはるかに大きいとされ、暴れ狂つているときには、一瞬または短時間暴れは強くなつても、次には沈静化に向かうものであり、水を霧状にかけることは、驚奔している馬にとつて大して恐怖にもならない、ともされており、現に、前認定のごとき消火器の噴射及び放水時の状況は、これらによつて特に馬の騒ぎが大きくなつたとはみられないのみならず、むしろ間もなく沈静化に向かつたものとみられる。

(六)  なお、証人曽我定秋(獣医師)の証言によると、暴れている馬に消火器を噴射しあるいは放水すると、馬は狂乱状態となり、本件ではこれによるショックで心臓麻痺となり、あるいは右噴射等で急性の異物性肺炎となつて死亡したものと思う、とされているが、そのような病状経過を裏付けるような事実はうかがわれない上、前記認定の解剖所見、噴射、放水時の諸事情等に照らすと、にわかに肯認し難い。

6  (シートの破損)

そしてなお、本件車両のシート(幌)を被告ら関係者が破つたという点については、たしかに、前認定のとおり荷台前部の幌が一部破れていた事実がうかがわれ、また、<証拠>によると、同人(飲食店経営)が幌を取り外そうとして家からもつて来た包丁でシートの小さい紐を一つ一つ切り、幌の前の方を開けたような事実が認められるが、しかし、前認定のとおり、警察官到着時には既に荷台前付近の幌が一部破れていたものであり、前認定の諸事情の下では、あるいは馬がその騒動で既に破損状態にあるシートを突き破つた可能性もなくもなく、いずれにしても、警察官、消防吏員等被告ら関係者がシートを破つたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

7  (白煙と馬体の湯気、馬の鼻息等)

前記各認定事実のほか、<証拠>によると、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事故当日午前六時現在における広島地方の気象状況は、天候は快晴、風向は北、風速3.9メートルで、気温3.6度、湿度八七%であつた。

(二)  一般に、馬は平常でも汗や呼気に出る水分の量が多く、一日に一〇ないし一六リットルと言われており、馬が腹痛で横転し、蹄葉炎で苦悶するなどの際、また騒ぎ暴れる場合には、一時的に大量の汗が出る。そして、馬は汗腺が発達しておらず、口腔内、鼻腔内の粘膜や呼吸によつて体内温度調整をし、発汗は肩附近が多いとされている。馬を車で輸送中は風を受けて馬の表皮は温度が低下するものの、停車すると表皮温が高くなり、発汗するとともに呼吸も荒くなり、車内で暴れると呼吸は益々荒くなる。それに輸送中に排泄した尿(一日四ないし八リットル)、糞(一日一〇ないし二〇キログラムで、水分は五ないし一〇リットル)による湿気も大である。稀に生ずる現象ではあるが、外気温が低く無風状態であれば、濃い湯気や鼻息が高く立ち昇ることとなり、馬を扱う人や獣医でない者には、火災の場合の白い煙りと見間違われる状況となる、とされ、そしてさらに、馬の体臭、汗、尿、糞の臭いの混じつた独得の臭いも、嗅ぎなれない人には物の焼ける異臭と感違いされるかも知れない、とされる。

8 そこで、以上の各認定事実からして、警察官及び消防吏員らの故意、過失等被告らの責任の有無についてさらに検討してみる。

(一) 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ(警察法二条一項)、そのため、警察官は、人の生命もしくは身体に危害を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、危険物の爆発、奔馬の類等の出現など危険な事態がある場合には、関係者を避難させる等のほか、自らも、右危害防止のため通常必要と認められる措置をとることができる(警職法四条一項)とされており、右危険な事態のうちには、もとより車両火災も含むものと解され、警察官は消防吏員を補助して右必要な措置をとり得るし、かつ、とるべき職責を有するものと解される。また、消防吏員は、人の生命、身体及び財産に対する火災による災害防除の措置をとるべき職責を有することは前記のとおりであり、警察官及び消防吏員らは、右職員として、当然、火災の有無及び態様、程度等について、迅速かつ適切な判断をすべきとともに、これを前提に、相応な措置(消火活動)を速やかに実施すべきものといえる。

ただ、一般に、警察官及び消防吏員らの右判断及び措置は、その性質上、極めて緊迫した現在の危険状態に対するもので、迅速な対処を必要とする行為であるとともに、通常、火災の存在を見落としたことによる結果は重大であり、それぞれの状態に応じ、できるだけ速やかに、可能な程度の判断をして、相応の措置を講ずべきものといえる。

(二) そこで、これらの点から本件についてみるに、車両火災との一一〇番通報により警察官や消防吏員らが間もなく(右受信後二分ないし六分後)本件現場に到着した際には、運転席は施錠されていて本件車両関係者は全く見当たらず、本件車両の荷台内に現認された五頭の馬は車体を蹴つたり他の馬と蹴り合つたりして大きな音を立てながら激しく暴れており、そのため車体も左右に大きく揺れ動いており、そのうえ、本件車両の荷台上部から白煙が高さ二メートル位も立ち昇り、本件車両の幌全体を白い煙で包むような状態であり、このような状態は多少弱まつたり強くなつたりして持続し、しかも、本件現場は比較的繁華な市街地の一角であつて、朝未明とはいえ、かなりの騒動で既に二〇数名の群集が周りに駈けつけて、いずれも車両火災で馬が苦しみ暴れているものと思い警察官らの消火活動を求めて大声で騒いでいる状態であつた。そこで、到着した警察官らは、直ちに右群集の整理とともに、車両荷台内部の火災を予想して火源の確認をすべく、本件車両左側後部タイヤに足をかけてよじ昇り、あるいは運転席横の梯子を二、三段上つたりして幌と車体の間から強力ライトを照らして荷台内部を確認しようとしたが、車両の揺れがひどくて十分な確認ができない上、荷台内は白煙が立ちこめていてその状況を確知することができず、また、荷台上部を覆つている幌も、馬が激しく暴れている状況では、本件のごとき現場で漫然と取り外すことも危険であり、そのようなことで、これ以上火源確認等に手間どると、火災が広がり、あるいは車両爆発、人家への延焼、馬の暴走等の重大な結果の発生も危惧されなくもなく、荷台内には、電気、保温設備、煙草の火などの火源となるものの存在及びわら、紙類等の可燃物の存在も予想されることから、一応荷台下方の、電気ショートなどによる火災と考え、まず警察官において、到着して二、三分後である同日午前五時三一、二分ごろいずれも見える馬の頭部を避け、荷台下方に向けて、容量1.5キログラム入りの消化器二本を噴射し、また、消防吏員において、到着して一分後である同日午前五時三三分ごろに第一回目を、次いで一旦おさまりかけた白煙も再び昇り出し、馬の騒動が始つたため午前五時三九分ごろ第二回目を、いずれも各二分間程度、放水量(荷台内)計約二〇〇リットルを放水したものであり、放水の仕方も、第一回目は見える馬の尻の方に向けて、第二回目はすでに横たわつている馬以外の馬の頭部への直射を避けて荷台内に放水したものである。これらは、荷台下方の火源とみられる場所の消火とともに、馬への影響をできるだけ避けようとした配慮とみられる。

(三) なる程、警察官、消防吏員らは、結果的には、馬の湯気、鼻息を火災の煙と見間違つたものであり、火源の発見もできなかつた上、火災の場合特有の焦げくさい臭いもなかつたものであるが、当時白煙が幌全体を包むように高さ二メートルにも及び、もうもうと立ち昇つている状況であつたものであり、その勢いもよく、激しく吹き出していたともされ、これらは、前認定の当時の気象及び周囲の状況等からも十分うなずけるところでもあり、荷台内には五頭もの馬が激しく暴れている状況であつたから、馬の臭いも強く、これらが混じつて通常の火災の場合と異なる独特の異臭を生じていたものと感違いしたとしても、必ずしも不自然ではなく、前記緊迫した状況から、火源の十分な確認もできないまま一応火災と判断し、急きよ前記程度の消火活動に及んだものとみられる。

(四) 警察官及び消防吏員らとして、当時、本件馬が岩手県水沢市から本件現場まで長途の輸送により運ばれて来たもので、かなり疲労していたであろうことなどは、車両関係者も不在で全く知り得る状況になく、また、本件車両荷台内前部に二頭の馬が既に横たわつたりしていたことも、当時、警察官や消防吏員らは、少なくとも第二回目の放水までは、白煙や車の振動などに妨げられて知り得ない状況であり、火災の有無及び火源の調査確認も、当時の状況からすると、警察官らのとり得る措置は前記程度のものであつたとみられる。警察官及び消防吏員らに、その通常の職務行為として、火災の有無に関連することとはいえ、馬の性状についての本件のごとき異常事態(稀な現象とされる)に対する特別の知識経験を期待することは困難であり、なかんずく、本件馬についての経緯を知らず、火源についての十分な調査もできないまま、前記きわめて特殊な状況に直面したものとして、緊迫した状況下での迅速な判断としては、火災と判断したことも、やむを得なかつたものといわざるを得ない。

なお、右荷台内前部の二頭の状況を知り得た後も、当時の馬の激しい騒動からすると、そのことで、火災でないことを疑うべきであつたともみられず、また、第二回目の放水も、前記のとおり再び白煙が昇り始め、なお火災がおさまつていないとみられる状況の下では、右程度のものはやむを得ないものであつたと認められる。

(五) そしてまた、警察官及び消防吏員らの消火活動が本件馬の死亡等に全く無関係であつたともみられないが、本件消火活動前の三時間近い馬の騒動に比すれば、消火活動後の時間はわずかであり、本件消火剤の噴射及び放水によつて特に馬の騒動を大きくしたような状況も認められないのみならず、むしろ、結局は間もなく沈静化に向つた経緯もうかがわれ、前認定の馬の死亡原因等に照らすと、その与えた影響は小さかつたものとみられる上、他方、前記白煙が真実火災であつたとした場合の危険の重大性に比照するとき、夜間市街地の路上に七頭もの馬を載せた車両を漫然と駐車させて本件のごとき事態の惹起に大きく寄与した原告としては、ある程度の受忍もやむを得ないものといえよう。

なお、原告は、警察官らが梯子自動車を出動させて幌の上から火源を確認すべきであつた旨主張しているが、幌を外すことの危険は前記のとおりである上、当時右出動を待つだけの時間的余裕があつたともみられない。

(六) かようにみた場合、警察官及び消防吏員らが、その消火活動に着手する前に、本件事態が火災でないことを知つていなかつたのはもとより(右警察官らが、右消火活動によつて原告になんらかの財産上の損傷を与えるであろうことを知つていたことだけでは、右警察官らに故意があつたとはいえない。)、警察官らの通常の知識、経験に照らした場合、当時の緊迫した、かつ、特殊な諸状況の下での迅速な対応としては、右事態が火災でないことを予知し得たものとも認め難い、のみならず、むしろ、その際、火災であるとの一応の判断に基づき、それに相応した前記程度の消火活動を実施したことは、警察官及び消防吏員らに通常必要とされる職務行為として許容される範囲内のものと認められ、結局、警察官及び消防吏員らの右判断及び消火活動に故意、過失はなく、また、その職務上義務違反や懈怠も認め難い。

三以上によると、原告の被告らに対する本訴請求はさらにその余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡辺伸平 山浦征雄 木村博貴)

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